<   2006年 05月 ( 16 )   > この月の画像一覧

三本はしご(^^)

きょうは、映画を3本はしごをして観てしまいました。

2本目でゲストトークの監督が言いました。
「・・・お国の為に亡くなられた人達(英霊)のお陰で、今の日本がある・・・と言われるけれど、今の日本にしたのは、亡くなってしまった彼らではなく、戦争を生き延びてきた人達のお陰です。」
そのとおりだなあ・・・(@@)

             「あんにょんサヨナラ

日本に徴用され戦死した父親が、靖国神社に合祀されたと知った娘の李熙子(イ・ヒジャ)さんが支援者と共に出掛けた靖国神社に出かけますが、数人の男達に阻止され、罵声をあびるシーンが有りました。
か弱い一人の女性を力づくで阻止しようとしている彼らが守ろうとしているものは何なのでしょうか?
李熙子(イ・ヒジャ)さんは、父親が亡くなったとされる中国に行きます。
そして当時の日本軍の病棟が並ぶ路地で父親を呼び泣き崩れてしまいます。

貴女のお父さんは、貴女の側にいるよ、きっと・・・
嘆き悲しむ娘の姿を見ているのは、お父さんもつらいことでしょう。
靖国神社に、貴女のお父さんはいないよ。
だって、紙切れが有るだけだから・・・ね





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by hontou-no-koto | 2006-05-28 01:26 | 映像

油断していた・・・?

石垣りん という詩人のことを、私はつい最近になって知りました。
生前の写真は、頬がぷっくらと色白のかわいらしい少女のような方に見えました。
テープで聴いたその声もまた、文字でイメージした「厳しさ・強さ」といったものと裏腹な、かわいらしく謙虚な話し方でした。
詩からは、彼女をとりまく人々の生活が息づいて伝わってきます。
戦争という時代の中で軍国少女だった自分に対する彼女なりの総括の仕方なのでしょうか。
「凛とした厳しさ」はきっと彼女の内側にいつもあったのでしょう。
彼女の詩には、どきっとするものも多く、そうだったんだあ・・・と、なんだか生生しいほどに当時の「生活」を私達に教えてくれています。
そして、私達の「生活」とも重なることに、背筋がぞくっとするのです。
「挨拶」 原爆の写真によせて

あ、
この焼けただれた顔は
一九四五年八月六日
その時広島にいた人
二五万焼けただれのひとつ

すでに此の世にないもの

とはいえ
友よ
向き合った互いの顔を
もう一度見直そう
戦火の跡もとどめぬ
すこやかな今日の顔
すがすがしい朝の顔を

その顔の中に明日の表情をさがすとき
私はりつぜんとするのだ

地球が原爆を数百個所持して
生と死のきわどい淵を歩くとき
なぜそんなにも安らかに
あなたは美しいのか

しずかに耳を澄ませ
何かが近づいてきはしないか
見きわめなければならないものは目の前に
えり分けなければならないものは
手の中にある
午前八時一五分は
毎朝やってくる

一九四五年八月六日の朝
一瞬にして死んだ二五万人の人すべて
いま在る
あなたの如く 私の如く
やすらかに 美しく 油断していた。

(詩集『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』より

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by hontou-no-koto | 2006-05-24 00:06 | 日記

無言館に行ってきました

「無言館」に行ってきました。

美術大の学生らしく、流石の大作が何点も飾ってありました。
アメリカに留学していた学生や、すでに画界で活躍をされていた人もいらしたようです。
友人達とともに写った写真や家族に宛てた葉書の数々に夢と才能溢れる若者達の姿を見ることができました。

享年21歳・・・戦病死
23歳・・・戦死
26歳・・・戦死

思いのほか「戦病死」の文字が多く、先日のお話の若者とだぶりました。
戦場での死は、おそらく父や母が想像することもできないむごいものだったかもしれません。

「お国のために命を捨てる」ということはどういうことなのでしょうか?
また今再び「愛国心」という言葉が「国」によって国民の「義務」として取りざたされていますね。

「無言館」への道中は、ゆっくりと流れる千曲川の流れに沿って、緑の山々に囲まれた美しい眺めでした。
よく耕された畑で鍬を持ち種をまく人達の姿、水をはった田んぼに苗を植える姿を眺めながらたどり着きました。
なんと、豊かで、美しい国なんだろうと思いました。
若者達が命を捨てなければならなかったあの「戦争」は、この美しい国土を侵略者から守るためのものでもなく、私達の命を守るためのものでもなかったのです。
よその国に行って、「資源」を「食料」を「略奪せよ」という命令だったのではないでしょうか?
そして、よその国の人々を巻き添えにし、自らも餓死せざるを得なかった多くの兵士達がいたということを日本人はもしかして、ちゃんとわかっていないのかもしれません。
そのような命令を出した人はだれなのか?
ただただ「戦争」だからしょうがないのだと・・・

「愛国心」とはなんでしょうか?
生まれたこの地、家族に対する「愛情」は、どの国のどの人種であれ、同様に抱いているにちがいないのです。
それは、けっして奪われたくないものですし、奪っていいものではないはずです。

かつてこの国の指導者が、日本人を戦争に巻き込む大義名分として、使われた言葉が「愛国心」でした。
「愛国心」=天皇(国家権力)への忠誠 
戦争に異を唱えるものは「非国民」である
この言葉の恐ろしさをかつて経験したはずの人達は忘れてしまったのでしょうか?

「愛国心」が、自然に育まれてきた「愛情」とはどうも似ていて異なるもの、実は相容れないものだということがこの旅ではっきりと解ったような気がしましす。
「言葉」というのは、あいまいで不思議で危険な性格があるのかもしれません。
「愛国心」という言葉で、わたしたちの「愛情」を権力に「利用」されてはならないと思います。
あの若者達のような犠牲者を出してはいけないと、こころから思うのです。
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無言館のすぐ近くには、「信濃デッサン館」そして、写真の「槐多庵」が有ります。
「信濃デッサン館」のCofeeコーナーはお勧めです。
疲れたこころもからだもきっと癒してくれますよ。
700円で終日出入り自由。
午前9時開館~午後5時(7月~9月は6時)閉館。
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by hontou-no-koto | 2006-05-23 00:52 | 日記

自民党は大政翼賛会?

<訃報>箕輪登さん82歳=元郵政相 5月15日 毎日新聞より 
自衛隊イラク派遣差し止め訴訟の原告で、元郵政相の箕輪登(みのわ・のぼる)さんが14日午後5時3分、札幌市内の病院で死去した。82歳。67年に衆院選北海道1区で初当選し、以来8期連続当選。自民党田中派に属し、防衛政務次官、党副幹事長などを歴任、81年に郵政相として初入閣した。国防族で87年に衆院安全保障特別委員長を務めた。
 90年の引退後は、政府や党の防衛政策に苦言を呈し続けた。99年の日米防衛指針(ガイドライン)関連法成立の際、「明らかに戦争支援法」と表明。04年1月、自衛隊のイラク派遣は違憲として、国に派遣差し止めなどを求める訴訟を札幌地裁に起こしている。

 ◇病おして法廷に…全国に訴訟広げ
 かつてタカ派の防衛族だった箕輪登さんが晩年、たった一人で始めた仕事が、04年3月に札幌地裁で始まった「自衛隊イラク派遣差し止め訴訟」だった。身を削るようにして法廷で訴える姿と一貫した主張が共鳴を呼び、訴訟は全国11カ所、原告数約5600人まで広がった。
 箕輪さんは1945年3月に医専を卒業、半ば強制的に陸軍の見習い医官となった。定山渓の陸軍病院に勤務し、戦時の苦労や軍・民格差を肌で知っている。憲法と自衛隊法、歴代政権の公式見解を無視して重武装の部隊を「世界一危険なイラク」へ派遣した小泉純一郎首相が許せなかった。
 「イラク派遣を放置したら戦争を可能にする憲法改正が淡々と行われるのでは……」。病気を押して法廷に足を運び、車椅子から声をかすらせて思いを語り続けた。
 札幌訴訟は証人尋問まで進んだが、国側は「原告に訴えの利益はない」などと、議論を避け続けている。「日本の将来が心配でならない」。箕輪さんは憂いを残し、静かに去った。
(毎日新聞) - 5月15日21時41分更新

先日の「長岡九条を守る会」の発足記念講演会のメインゲストは、箕輪さん同様にイラク派兵に反対してこられた加茂市市長(元防衛庁教育訓練局長)小池清彦さんでした。
・・・今の自民党は、まさに「大政翼賛会」である。
あの時日本という国を戦争に導いたのは東条英機ではなく近衛文麿総理だったが、まさに小泉純一郎と重なる・・・

「自衛隊」が名実共に「自衛軍」となり、海外派兵をすることになれば、今の人数では足らない。必ずや徴兵制が復活することになるのだと、小池さんは言いました。
この国に住む人々の人権と生命を、曲がりなりにも60年間守ってきた憲法が、今骨抜きにされようとしているということに、あまりに鈍感!な私達なのかもしれません(@@;
かつての日本国民がそうだったように・・・
さっき、テレビで自民党の議員が「教育基本法の改正は、自民党発足以来の念願であります!」と国会で演説しているのを見ました。
私達国民が、「教育基本法」の改正が今必要だと思っているかどうか、ではなく、「自民党の念願」だったということですね。
国旗掲揚・国家斉唱・愛国心の強制・現場教師の採決権の剥奪・・・まだまだやりたいことがあるのですね(--;

<元防衛政務次官 箕輪登さん 自己責任論に対して、4月27日声明発表>

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by hontou-no-koto | 2006-05-16 22:37 | せいじ

お国の為に・・・

今日は、「九条を守る長岡の会」の発足記念講演に行ってきました。
最初にお話をしてくださった呼びかけ人のおひとりの言葉に、胸を打たれました。
穏やかな、そして悲しみと愛情に満ちた声でした。
悲痛な叫び、懇願のようにも聞こえました。
・・・理想は美しいものでなければならない
理想は愛に満ちたもので無ければならない
こどもたちに、美しい環境、愛に満ちた環境を与えてやりたい・・・
この方は、こどものころお母さんを病気で亡くされました。
その日学校を休んだことで、上級生に、そんなことで休むとはけしからんとひどく殴られたそうです。
戦時中の殺伐とした世相の中で、個人的なことなど全てに優先される「お国のため」という大儀がこどもたちを支配していたのでしょう。
その時、この方は、不思議に殴った人を憎む気持ちにはなれなかったそうです。
・・・この人にも、みんなにも母親が居る。そして、いつか必ず死に目会うときが来るのだから・・・と。
「愛国心」とはいったいなんでしょう?
教育基本法」がめざすものとは、いったい何でしょう?

続いてお話された方は、日赤の従軍看護婦として戦地に行かれた方でした。
戦地にはマラリアなどに感染して命を落とされた兵隊さんもたくさんいらしたそうですが、病死は「不名誉」なこととして扱われ、軍医が「重体」と診断を下すと、その日から1週間で命を絶たれる「きまり」だったそうです。
当時二十歳そこそこの彼女は、担当していた傷病兵の中に、ひとり、静かに本を読む青年に心を惹かれていました。
その青年の病状が悪化した時に、彼女は致死薬を彼に注射する命令を上官より受けました。
彼女は、命令に逆らうすべも無く、その腕の静脈に薬液を注射したのです。
彼は・・・おかあさん・・・とひとこと言って息絶えたといいます。
その時の苦しみから61歳の今でも解き放たれることは無く、夜中眠れない日もあると、声を詰まらせ語ってくださいました。

明日は、「母の日」ですね。
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by hontou-no-koto | 2006-05-13 22:06 | せいじ

経済同友会の提言

5月10日の朝刊に
『経済同友会 「首相は靖国自粛を」経済団体初の提言』 
とありました。
なんと、最近にめずらしく筋の通った「提言」を読んだ感じがします。
経済同友会とは・・・今まで存在を知らなかったのですが(^^ヾ・・・
終戦直後の昭和21年、日本経済の堅実な再建のため、当時の新進気鋭の中堅企業人有志83名が結集して誕生しました。企業経営者が個人として参加し、自由社会における経済社会の主体は経営者であるという自覚と連帯の下に、一企業や特定業種の利害を超えた幅広い先見的な視野から、変転きわまりない国内外の経済社会の諸問題について考え、議論していくところに最大の特色があります。~by HP「経済同友会
「提言」の全文がここで読めます。
日中関係の相互理解を求める段落では、
「・・・中国における在留邦人数は香港を含め10万人近く、設立された企業数は3万5千社に及んでいる。日系企業による雇用者人数は920万人。・・・」
と続きます。
中国のみならず、世界各地で仕事をし、そこでの暮らしを築き、生きている日本人達が居ることその重みを身をもって知っている人達の提言だと思いました。
この国では、政治が軍部に乗っ取られるという歴史が現実に有りました。
その時に巻き込まれ見捨てられた海外在住の日本人達が大勢居たことを思いますと、
この「経済同友会」の提言を「政府」が軽んじることがあるとすれば・・・
その「政府」こそ資質が問われると、その「政府」に国民の命を生活を預けることは愚に等しいといってよいかもしれないと思うのです。
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by hontou-no-koto | 2006-05-10 23:18 | せいじ

萱野茂さん死す

5月6日 萱野茂さんが逝去されました。
萱野茂さんの自伝「アイヌの碑」を読んだのは10年以上前のことになります。

この本では、いろいろなことを教えられました。
「敵である相手と何時間でも何日でも座って話が出来る人間」こそ、真の勇者として人々の尊敬を集めていたという、アイヌの人々の考え方(文化)が、私達とは違っていると気づきました。
槍や鉄砲や脅しや力で、相手を屈服させることしか選ばなかった大和民族にはない、「精神世界」がアイヌ民族にはあったということです。
そして、謙虚でやさしい人々は、野蛮で無慈悲な民族に、力で糧を家を土地を言葉を略奪されました。

穏やかな語り口の萱野茂さんは、生き証人であり、そして、その文化を伝え残してくれた人でした。
萱野さんの魂は、アイヌの文化を守り続ける人々をきっとこれからも見守り続けてくださるような気がします(^^)

資料:萱野茂二風谷アイヌ資料館
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by hontou-no-koto | 2006-05-07 23:42 | 日記

400億円!

5月3日の毎日新聞一面
米軍相模補給廠返還
地元が400億円負担
国側 土地取得料求める

在日米軍再編で返還される17ヘクタールについて、相模原市が再開発する場合、「時価」を基準に価格が設定される。
道路の場合は無償。
公園は3分の1負担。
市は、「旧日本軍時代から70年近く基地の存在に苦しんできた。元は旧日本軍が住民の土地を取り上げた地域で、旧軍港市(無償又は、時価より安い譲渡)と比べても不公平。」と無償譲渡を求めている。
一方財務省国有財産業務課は「他都市との均衡を考えると、特別扱いはできない。だめなら民間へ売却する」と話している。

「国」とはいったいなんなんだろう?と思ってしまう(==;
生活と直結したことに使われる大切な市レベルの財源を400億円も使うということはどういうことになるか想像できないのでしょうか。
だいたい70年前の持ち主に返還したらどうなんでしょう?

沖縄はどうなるんだろう(@@;
これから土地も家屋も「有事立法」で取り上げられたら「国有財産」ってことになるのかなあ(==;
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by hontou-no-koto | 2006-05-07 22:00 | せいじ

いただきます山の幸

こごめ、木の芽、そしてヨモギ、つくし・・・(^ー^)
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by hontou-no-koto | 2006-05-07 21:10 | 日記

7100億円!

在日米軍再編:防衛首脳会談 グアム移転経費決着、日本側負担59%
 ◇融資含め7100億円

 【ワシントン古本陽荘】訪米中の額賀福志郎防衛庁長官は23日午後(日本時間24日朝)、在日米軍再編協議で焦点となっている在沖縄海兵隊のグアム移転経費問題を政治決着させるため、米国防総省でラムズフェルド国防長官と防衛首脳会談を行った。日米両政府は移転経費総額102・7億ドル(約1兆1900億円)のうち、日本側負担を59%にあたる60・9億ドル(約7100億円)とすることで合意した。これにより来月2日にも外務・防衛閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)をワシントンで開き、米軍再編の最終報告をまとめる見通しとなった。

(by 毎日新聞)
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by hontou-no-koto | 2006-05-07 12:34 | せいじ


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