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福島第1原発の真相

福島第一原発のメルトダウンをいち早く警鐘したアーニー・ガンダーセン氏来日公演

アメリカCNNの原発専門家
http://www.youtube.com/watch?v=33h9RSk6Rks&feature=youtu.be


日時 2012年9月1日(土)13時半~16時

会場 万代市民会館多目的ホール(新潟市中央区東万代町9-1)
      tel.025-246-7711
講師 アーニー・ガンダーセン氏

演題 「福島第一原発ー真宗と展望」

参加費 500円

主催 アーニー・ガンダーソンさんの話を聞いてみよう実行委員会

呼びかけ団体 原発からいのちとふるさとを守る県民の会
       柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会

連絡先 025-281-8100(新潟県平和センター気付)
# by hontou-no-koto | 2012-09-01 08:22 | 原発

切られたナシの木

切られたナシの木_e0090584_21445149.jpg

終戦記念日の日

久し振りに角田山に登ってきました。

いつもの灯台から登り始めると、なんだか知っている角田山と違うような・・・

登り始めてすぐに、眼下に海を見下ろすちょっと突き出した草むらが有ったはず・・・が無い(^^;

替わりにステンレス製の手すりが登山道についていました

久し振りの岩場は、けっこうこたえました

でも、この先の、ナシの木の下で休もう!

ああ、あのナシの木は元気かなあ

早く会いたいな

ナシの木に会うまでは、頑張ろう!

そう思って登りました

そして・・・

なんだかおかしい?

見つけたのは

切られたナシの木_e0090584_21483283.jpg


根元近くまで無残に切り取られたあのナシの木だったのです。

急に体から力が抜けてしまいました

いったい、何故?誰が?




帰ってから調べると

2009年の3月9月11月と三度に亘ってその人は、皆に愛されてきたこの木に鉈を打ち込んだのです。

今も犯人はわかっていないといいます。

でも、人間の仕業です。

植物は逃げ出すことも出来ないものね

鉈を打ち込んだ人の心はいったいどんなだったの?

一番傷ついたのはこの山を大切に守ってきた子どもたちだということを知りました。

かつてナシの木下で、お茶を飲み、果物を食べ、友と語りました。

すっかり様変わりしてしまった辺りの風景に

あらためて、ナシの木の存在の大きさを知ることになりました。

わたしたちは、植物にどれだけ癒され、育てられていることでしょう。

無償で私たちに与えてくれたやさしさに感謝

自然に生かされている私たちなのだと思いました。




山から下りると、灯台の下は、海水浴を楽しむ家族連れでにぎわっていました。

福島から来ている子どもたちもいるんだろうなあと思っていたら

福島ナンバーの車がありました

いっぱい楽しんで帰ってね

全国の原発が、どうか再稼動しませんように(-m-)
# by hontou-no-koto | 2012-08-15 21:00 | 環境

新潟県では

新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会における福島第一原子力発電所事故の検証に関する議論について、県民の皆様からご質問・ご意見を受付けています。
平成24年7月8日に民間の「福島原発事故独立検証委員会」の委員長をお招きして、議論を行いました。
 今後、政府や国会の事故調査委員会の報告書を元に議論をしていただくことを予定しています。


次回の技術委員会は、8月24日です。

実は、7月8日の技術委員会の傍聴に行ってみましたので、(1ヶ月も経っているので、ちょっと正確でないところもあるかもしれませんが)感想報告をしますね。
同日同時刻に鳥屋野潟で原発集会が有ったので、開会式を横目に県庁に向かいました。

始めに、司会者(須貝課長)から、今日は「柏崎を視野に入れながら、福島を検証する」のが会の目的といった内容の挨拶がありました。
後半の議事録を読んでいただくとよくわかりますが、民間事故調の検証の結論は、原発事故が、実はまぎれもなく人災であったということがわかります。
東電が事故当時の記録の公開を拒否していた中での調査であり、東電はインタイビューに応じなかったといいます。そしてインタビューに応じた人たちの多くは、名前を公表出来ないオフレコであったといいますから、調査は大変だったことでしょう。そのために、報告書は抽象的な言い回しとなっており、心情的で北澤さんらしくないではないかという突っ込みがありました。が、却ってそのことで、原子力安全委員会が、IAEA勧告を事業者に伝えなかったばかりか、90年には「全電源喪失を想定しなくて良い」という指示を出していた事実や、戦争中の「神風が吹く」を思い出させるような極端な「安全性無視」がまかりとおっていた事実を北澤さんに言わせてしまったという場面がありました。原子力ムラの危機管理能力の無さは明らかでしたし、改善を示唆できる立場の人がまるで他人事のような無責任さを口にする場面もあり、それには唖然とするような気分で聞いていました。
吉川京都名誉教授のように、長~い講義(学校の授業?)を垂れる人もいたりで居並ぶ17人の委員の中には、ほとんど意見を言う時間の無い人も多く(もったいなや~)、何故プラントメーカーの技術者が委員なのか?(結局目的は自己弁護だったーー)そんなことが気になりながらの初参加でした。北澤さんの報告には、「空気を読む自縄自縛状態が発生」という言葉が何度も出てきました。資源エネルギー庁の役人が素人ばかりで、東電のやり方を丸呑みしていたことや、国民の安全に関わる勧告を平気で隠蔽して来た原子力安全委員会の体質!が明らかになったのでした。@@;



福島原発では、人間が近くに行けば即死と言われて何の手立ても出来ないでいる使用済み核燃料ですが、柏崎刈羽には、はるかにそれをしのぐ量の使用済み核燃料が有ることを「資料:使用済み核燃料状況」が教えてくれます。
ちゃんと、公開してくれる新潟県に、敬意を表して、是非みなさん、参加しましょう!
# by hontou-no-koto | 2012-08-15 20:41 | 原発

■「いのちを守る森の防潮堤をつくろう!」~植物生態学者 宮脇昭氏の提言~

■「いのちを守る森の防潮堤をつくろう!」~植物生態学者 宮脇昭氏の提言~ _e0090584_2331210.jpg

森の長城プロジェクト~ガレキを生かす~

(財)国土技術研究センターのサイトにも
震災がれき使い防潮堤 大槌「鎮魂の森」の記事が

これが実現すれば、ガレキを遠くに運び、焼却する必要はもう無いから

どこかの市長みたいに、『これはもう、約束したんですよ。義ですよ。』なんてことを言わせておく筋合いのもんじゃあないね

ガレキ受け入れで、避難してきた人たちに、もうつらい思いをさせなくてもいいんだ

ガレキは、本来の被災者の生活の証として埋葬され、そして人々を守る役割を持つことが出来ます(^▽^)

3.11以前と同様のコンクリートで出来た防波堤を造るより、後世に伝えられる人の叡智を生かそうよ!

森の長城プロジェクト市民ネットワークのサイトでは、『自民党の有志議員は、6月12日「いのちを守る森の防潮堤」推進議員連盟を立ち上げた。』 という記事が(^^)その後どうなったんだろう?

その答えは、ここに→いのちを守る森の防潮堤推進東北協議会のウェブページ
(河北新報 2012.07.31)「がれき防潮堤構想に手詰まり感 廃棄物処理法が壁 宮城」

国は丸太以外の木質ガレキの埋め立てを禁ずる方針を出した・・・国って?宅地造成するわけじゃないのに?もしかして・・・?(@@;

<岩手日報 2012/5/01>
大槌町が東日本大震災の復興計画に掲げる「鎮魂の森」づくりが30日、スタートした。住民とボランティアが震災がれきの上の盛り土に約3千本の苗木を植樹。がれきの上に植樹をして防潮堤とする全国初の試みで、処理の迅速化も期待できそうだ。町は今後、中心部の海側地域で用地取得を行いながら本格的な森づくりを進め、震災の記憶を継承する拠点とするとともに成長した樹木で津波被害を軽減させる。

 町は、景観保護と建築制限が予定される災害危険区域の活用策として、犠牲者を慰霊する鎮魂の森を計画。今回の津波では樹木につかまって助かった人もいることなどから、命や財産を守る防潮堤の役目も担う。

 同日は、趣旨に賛同した横浜ゴム(東京都港区、南雲忠信代表取締役会長兼CEO)が同町小鎚で植樹会を開催。森づくりの第1弾として碇川豊町長や細野豪志環境相、町民ら約450人が参加した。

 碇川町長は「がれきは単なる廃棄物ではなく被災者の生活、遺品の一部。鎮魂の森に用いることで、震災を風化させないよう全国に発信したい」とあいさつ。震災直後からがれきを活用した防潮堤づくりを提唱する、宮脇昭横浜国立大名誉教授が苗木の種類や植樹方法について説明した。

 今回はモデルケースとして町浄化センター敷地内の約50メートルに、町内で発生したコンクリートや木材、土砂などのがれき約4トン分を運搬。上から土をかぶせ、高さ約5メートル、幅約15メートルのなだらかな山型の斜面に整備した。

 町民やボランティアは、斜面に丁寧に穴を掘り、タブノキやヤマモミジなど16種類の苗木を植えた。10年後には10メートル以上の高さに育つという。

 町は今後、中心部の海側で地権者との用地交渉が終わり次第、本格的な「鎮魂の森」の整備に取り掛かる予定。緑地公園や交流スペースとしての活用を検討する。
# by hontou-no-koto | 2012-08-14 22:37 | 原発

福島県双葉郡浪江町の「エム牧場浪江農場」

ヒロシマ原爆投下の日

友人は、浪江町の○○○牧場に行って来たという

放射線量を測りながら行ったので、そこが放射線汚染地域であることはわかった

けれど、そこで牛たちに餌を与えて暮らし続けている牧場主に、逃げたほうがいいとは、言えなかった

その人が生きる証のすべてがそこにあるから

そこを離れて、彼は生きているといえるのか・・・

とても言えなかったと




浪江町の牧場を記録しているHPがありました

友人が訪れた牧場かどうかはわかりませんが

「Business Media 誠」というHPで、渋井哲也という人の記事でした

放射能汚染によって、ある日突然、当たり前にあると思っていた生活が葬り去られることなど

福島の誰も考えていなかったはず

自分もまた、柏崎刈羽原発という世界最大級の汚染源を抱えたまま、日常の生活を送っていることに、身の毛がよだつ思いで写真を見ました

これを見て、それでも原発は必要だというのかと

また、テレビは毎日食い物やお笑い集団のあげつらったような笑い声ばかりを流している

オリンピックもいいですけどね

浪江町のこの現実を、世界中のマスコミが取り上げてくれないかなと思います。



希望の牧場プロジェクトちゅうんがあるんですね(@@)

放置すれば牛が餓死してしまう、水が無ければ生きていけない。
今もなお警戒区域に立ち入り、牛を守り続ける畜産農家は10軒以上にのぼり、
約1,000頭の牛が生き残っていると言われています。


福島県双葉郡浪江町の「エム牧場浪江農場」_e0090584_0524628.jpg

# by hontou-no-koto | 2012-08-08 00:23 | 原発


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